『 花咲き煙幕 』
任侠モノ。人生一花咲かせてやろうぜ、そんな話。
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私は彼に殺された。
夏の夜、上がった花火の音にかき消された銃声。
最期に見たのは、彼のわらっているような口元、泣いているような目。
私はこの幕引きに満足した。
愛する者の手で終わりを迎える。それはこの世界に堕ちてからずっと、願っていた事だったから。
まともな死に方はしない、そう覚悟した時、その思いは起こった。
「道を極めると書くんだこの生き方は。お前はその道に足を踏み入れた…いや、身体ごと浸かってしまったってところだな。」
親父はそう言うと、まだ火のついた紙タバコを赤ワインが少し残ったグラスに投げ入れた。
私に視線の先を向けると、音を立ててそれを私の目の前に置いた。
「お前に仕事をくれてやる。やりきりゃ、でっかい華が咲く。」
霞む視界、大きな華が天空に咲いている。
私はその仕事をやりきる事が出来なかった。
彼を殺める気など、最初からなかったから。
悪意に塗れたこの世界、私にとって唯一の光が彼であった。
悪の道にありながら、カタギと薬に手を出す事を許さない、気高く美しい孤狼を私は密かに愛していた。
跡目争いに邪魔になると判断した親父は彼を消せと私に命じた。
組員の支持が寵愛する息子よりも彼に集まりつつあったからだ。
花火の音がもう一つ鳴った。
銃声は私に向けられたものでは無い、何かが倒れる音がする。
連続で上がる花火、続け様に何度か弾かれると、訪れた幕間。
曇って聞こえる虫の声。人の呻く声。
私は朦朧としながら身体を起こし、その光景を確認した。
彼がそこに居た。
胸から血を流し息を荒らげて天空を見ている。
どうやら、私以外にも刺客は用意されていたらしい。
「…よぉ、撃って悪かったなぁ。」
彼は私と目が合うとそう言って嗤った。
「撃たせたん…ですよ。」
「分かってた…お前の…玉入ってなかったもんな。」
「分かってたんですね。…それなのに、どうして。」
どうして貴方はこんな所に倒れている?
「お前を撃っちまったからだ…。」
伸ばした血塗れの手が、私に触れようとして重力に奪われた。
彼はもう一言も話してはくれない。
極道と呼ばれる場所に、この身を埋め生きてきた。
悪事と区分される事には粗方手を出してきたが、心は何時も何処かに置いてけぼりで。
打ち上げる魂など初めからなかったのだから、そもそも華を咲かせる事など出来るはずない。
花火の煙が月や星を隠す。
私の身体は彼に覆い被さり、息を引き取っていた。