『 あぶくぜに 』
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一人用台本(てやんでぇ、べらんめぇ口調)
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舞台は江戸時代。言い回しを変えれば現代風に。そのあたりご自由に。
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アル中があぶく銭はいけねぇって語っている。
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題字 ちよ(Twitter: @Chiyo_uratw)様
『泡銭』なんてぇのはとっとと手放した方がいいんだ。そうしねぇとほら、現に戻りゃ、ジワジワと泡のように消えちまう。ただ消えちまうなら、気に止めてやる必要なんざねぇが、そうじゃねぇから始末が悪ぃ。…そうさ、アイツは消える時、持ち主のでぇじなものまで持ってっちまうんだ。ハッタリなんかじゃねぇよ。生き証人がここにいる。俺さ。
ある晩、俺はちぃとばかし飲みすぎてそこの通りをフラフラしていた。人通りは殆どなくて、提灯の灯りもポツラ、ポツラ消えて、辺りはどんどん暗くなって、終いにゃ足元も覚束なくなってきた。俺は動けなくなっちまってその場でへたりこんだ。うつら、うつらしてると声が聞こえてきた。賑やかに宴会でもしているような声だった。辺りを見回すと、小せぇ灯りが見えた。呼ばれているような気がして、俺はフラフラ近付いてった。
「いらっしゃい」
爺さんだか婆さんだか分からねぇこじんまりした年寄りが、歯のない顔でニヤリと出迎えた。俺は招かれるまま、その中に足を踏み入れた。
俺は酔いが醒めたよ。灯りの中ではタヌキとキツネの面を付けた男達が酒を飲みながら博打を打ってやがった。俺は博打で一度ひでぇめにあってるからな。こいつぁいけねぇと出ようとした。ところがだ。タヌキの面を付けたガキが袖を掴んで離さねぇ。
「絶対に損なんかさせないよ。ちょっと遊んでおいきよ!オジサン本当は好きなんでしょ?」
キツネの面を付けた、胸元をはだけた色っぺぇ女が近付いてきて、俺の腕に絡みついた。
「兄さんは運が強そうな顔をしてる。ね、遊ぼうよ、いぃとこ見せておくれよ。」
ぶふぅ…!女の匂いを間近で嗅がされちゃあ適わねぇよ。俺は堕ちた!
やってやるとどうでぇ。出るわ出るわ!ドンピシャ祭だ!勝ち銭がチャリンチャリン音を立てては山積みになっていく!なんて小気味のイィ音だ!俺は一晩で大金持ちになったんだ!
狸と狐に化かされたんだろうって?…俺も目ェ覚ました時はそう思ったさ。でもな、手に入れた銭はしっかりと懐に残ってやがった。葉っぱや石なんかじゃねぇよ、ホンモンだ。袋ん中には小判がキラキラしてやがった!
家に帰ると女房に溜息で迎えられた。朝帰り位でイチイチ咎めたりしねぇ、アイツは俺がよっく働いて銭さえ持ってくりゃそれでいいのさ。けど、この銭だけは見せられねぇ。俺は女房に博打は二度としねぇって誓ってたからな。銭は押し入れの奥の奥に突っ込んだ。何重にも包んでな。俺にゃ娘が二人いたから、嫁入りの時にでも父ちゃんのヘソクリだって渡してやろうと思ったのさ。いい話だろ?そこで終わればな。
…ふっ。そうさ、銭は女房に見つかっちまった。絶対に見つからねぇと思ってたのによ、女の勘ってやつぁ恐ろしいぜ。女房は当然問い詰めてきた。声震わしてどういういきさつの金だと聞いてくる。悪い事して手に入れたんじゃねぇかって疑ってよ。俺はあの夜の事を白状した。誓いを破った事を手ぇついて謝った。だが博打だけで得たにしては多すぎる銭だった。女房は俺の運の無さを俺以上に知っていたからな。返すにも狐と狸だ。同じ場所に何度も足を運んでみたが何も起きやしなかった。銭はそのまま、俺たちの手元に残った。
数日経って、俺は仕事をクビになった。屋根を直している時に金槌をうっかり落としちまって、運悪くそれがそこん家の旦那に当たったんだ。幸い、命は無事だったが背中の骨が砕けちまった。代わりの仕事を探すがこれがなかなかうまくいかなくてな、あの金に手を出す事にした。ところが、だ。金はいつの間にか半分になっていやがった。女房のやつがな、ちょっとずつ使い込んでいやがったんだよ。なんでも歌舞伎役者にハマっちまったとかでな、そんな女じゃなかったんだが…。そんなこんなで、俺たち夫婦の仲はどんどん冷えてって終いにゃ、女房は一人出ていきやがった。歌舞伎役者と出来ちまったんだよ。俺と残された娘は残った銭でなんとか暮らしていた。けど仕事はなかなか見つからねぇ。俺はとうとう、博打に手を出した。…はは、あとは容易に想像出来るだろう?そうさ、銭はスッカラカン。娘二人は借金のカタに連れて行かれた。
な、泡銭なんて持ってちゃいけねぇんだよ!だからその銭、俺にくれねぇか?俺は娘達を取り戻さなきゃなんねぇ。約束したんだよ、きっと助けに行くってよ…!頼む、頼むから!!なぁ…ぁあ…。